東欧編

お久しぶりです!&最近の経路

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ご無沙汰しております…
更新頻度の著しい低下すいません!Twitterの方には写真など上げているのですが記事を書くとなると時間がかかってなかなか投稿できませんでした、かなり間が空いてしまったので前回の記事からここ最近の行動をざっと紹介します。

1ヶ月半でに6カ国駆け抜けてきました。

モンテネグロ

コトル

ジャブリャクからバスを3回乗り継いでついたコトル。おそらくモンテネグロで1番有名な街でしょう。
入り組んだ湾と壁のような斜面の山が特徴的な地形に街があります。旧市街は城壁に囲まれていてとても雰囲気がありました。

宿を5泊とっていたのですが街は小さくコンパクトなのでそんなに必要なかったなと思いました。
旧市街には猫がたくさんいて癒されました。

 

アルバニア

ティラナ

国境を越えてアルバニアの首都ティラナへ
ティラナは観光名所が少なく、中央広場の広場周辺に固まっているので到着した日にさらっと見て次の日には経つことにしました。

コトルから8時間のバス移動だったのですが、バスの中でたまたま別々の2人の世界一周をしている日本人と一緒になって少し話しその日の夜はその2人と、以前ボスニアで知り合った日本人の人と宿で偶然再会のでその人も呼んで4人で食事をしました。

街のシンボルになっている共産党時代の総理大臣をたたえたピラミッド状の建物。圧政をしていて国民に嫌われていたのでユーゴスラビア崩壊後もボロボロのまま放置されています。

当初ティラナからベラトという街に行く予定だったのですがバスで知り合った2人が次の日にギリシャのカランバカに行くというので流れで一緒に行動することになりました。

ギリシャ

カランバカ

ティラナからカランバカまではバスで12時間という長い道のりでした…
今までは国境ではバスに乗ってパスポートを渡せば通れたのですがこの国境では一度降りて一人ずつ審査官にパスポートをチェックされるシステムで緊張しました。一緒に行動していた日本人の人が引っかかりそうになったりもしましたがなんとか通過できました。

到着したのが22時だったのでカランバカでは2泊しまた。

次の日朝から3人でバスで40分ほど行ったところにあるメテオラという奇岩地帯を歩いたり岩の上の修道院を見ました。
天候にも恵まれ全部歩いて回ろうということで8時間ほどかかりました。壮観でまさにここでしか見れない光景でした。

僕ともう一人は次の日の朝は早くに出る電車でテッサロニキという街に向かい、残りの一人はギリシャのアテネに向かうということで一人とはここでお別れ

テッサロ二キ

朝駅に行くと今日は電車が来ないからバスに乗ってと言われバスに2時間ほど乗ってそこから1時間電車に乗り到着。ここでも一泊だけで次の日ブルガリアに抜けることにしました。

この街はごちゃごちゃしていてヨーロッパ感は無くアジアの雰囲気があるなと感じました。

観光名所もあまりなさそうだし、次の日の朝の出発も早いので特に観光はせず前日に街から少し離れたバス停まで歩いて1時間かけて行ってチケットを購入しました。

歩いて行くには遠すぎだったので次の日の朝はバスを使っていきました。

ここでもう一人の人ともお別れその人はここからトルコのイスタンブールに向かうバスに乗っていきました。

 

ブルガリア

ソフィア

5時間ほどのバス移動でした。ここの国境はパスポートを渡すだけで楽に通れました。
おそらくユーロ圏の国外からユーロに入るのが厳しいようです。しばらくショートスパンで移動していたのでここでは4泊と少しゆっくりしました。

物価が安く、街はそこまで大きくないので1日もあれば観光するには十分でした。


この街の特徴は街の中心に水道があり温泉が出ているところです。この温泉は入る為のものではなく、飲料水として出ているので街の人たちがペットボトルをたくさん持ってき汲んでいました。

アレクサンダル・ネフスキー大聖堂

この街で訪れたアレクサンダル・ネフスキー大聖堂がとても良かったです。僕がこの旅で訪れた教会の中でTOP5には入る綺麗さでした。

まずは外観、大小12のドームを持つブルガリア最大、ネオ・ビザンチン様式の壮麗な大聖堂です。オスマントルコの支配からの解放の契機となった露土戦争で犠牲になったロシア人兵士を追悼するため、1882年の着工から40年の歳月を費やして完成したそうです。

そして内部はイコン画が飾られているホールになっている正教会で、人々がろうそくに火を灯し祈りを捧げる厳かな雰囲気でとてもいい空間でした。

 

ルーマニア

ブカレスト

ソフィアから23時半に出るバスに乗り次の日の朝6時ごろ到着。ここでは5泊しました。
久しぶりの大都会といった感じの街で路駐している車がとにかく多いなという印象を受けました。
社会主義時代

農村博物館

ここで訪れたルーマニアの農村博物館がとてもいい施設でした。
ルーマニア各地の特徴的な作りの民家や教会を実際の場所から移動してここで展示しているという博物館で、とても見応えのある施設でした。

Apple Pencilが壊れたので日本より4000円程割高でしたが購入しました…。

ブラショフ

ブカレストから電車で2時間ほどのルーマニア第二の街ブラショフこの街には2泊で到着したその日に街をさらっと街を見て周って次の日にブラン城へ
旧市街はこじんまりとしていて外だけなら2時間もあれば周れる街でした。

黒の協会というゴシック建築の65mの巨大な協会がランドマークになっています。
(火災で外観が焦げて黒くなった事があったからこう呼ばれているそうです)

ブラン

ドラキュラ城として有名なブラン城がある山間の小さな田舎街

ブラショフからローカルバスっで1時間ほど。
街は城周辺以外は特に見るところはなく、ちょうどハロウィン前という事で街はハロウィン飾りの真っ最中でした。ハロウィンにはイベントがあるらしいので合わせていけばよかったかも

シギショアラ

ブラショフからバスで3時間ほど。旧市街以外は特に見所もないこじんまりとしたところだったのと宿代が高めだったので1泊だけで発つことにしました。

こちらも山間の田舎町です。ここは中世の街並みが今も残る古い街です。
ルーマニアの人たちにオススメの街を聞くとここがよくルーマニアの観光地としてはけっこう有名な場所ですが首都のブカレストからのアクセスはけっこう大変です。

シギショアラやブラショフやブランが位置するルーマニアの中心部をトランシルバニアというのですが、この地名はラテン語に由来しており、「森のかなたの国」という意味があるそうです。
どこの国から見た森のかなたの国なのか?…とも思いますがファンタジー好きにはたまらない言い回しの地名ですねw

ルーマニアの見たい街は大方見たのでシギショアラからウクライナに抜けようと思ったのですがシギショアラは田舎町なので直接モルドバやウクライナに出ているバスはないのですこし難儀しました。

シギショアラからローカルバスに1時間乗りトゥグムレシュという街に出てそこからヤシという国境付近の大きな街に向かうバスに乗りました。
このあたりに来ると国外の旅行者とは会いませんでした。周りのルーマニア人も英語が全く通じませんでした。

ヤシ

トゥグムレシュから8時間でヤシに到着。この街では2泊しました。

街はあまり観光地としては有名ではないようでにどころもそう多くないようでした。
が、ゴシック建築のPalace of Cultureという建物は大きく街のランドマークになっていて迫力がありました。

モルドバ

キシナウ

ヤシからキシナウへはヤシから朝7時半に出るバスに乗り出発。
ルーマニアとの国境付近のモルドバ側は閑散とした広陵帯が広がっていて長一本道の周りに街が点在しているという感じでした。そのためかヒッチハイクをしている地元の人が多かった。

バスで走っていると時折等身大のキリストの貼り付けられた十字架が立っていてはじめ見た時人間が貼り付けられているのかと思ってギョッとしました。

4時間かけて到着。モルドバの首都キシナウ
この街では泊まらずバスのトランジットをするだけになりました。

特に観光もせずバスステーションまでの道のりしか見ませんでしたが街は旧共産圏特有のごちゃごちゃした感じを受けました。ここまでくるとヨーロッパ感はほとんど感じませんでした。

当初の予定ではここからウクライナの南にあるオデッサという街に向かう予定だったのですがバスステーションでウクライナ首都のキエフまでバスが出ているという事でオデッサを飛ばしてそちらに向かいました。

ウクライナ

キエフ

キシナウからは8時間半の道のりでした。シェンゲン協定の日数消化とここまでショートスパンの移動だったのでここではのんびりしようと決めていたので2週間滞在しました。

キエフはウクライナの首都で久しぶりのかなり大都会という感じでした。セルビアのベオグラードも大きかったですがそれより大きいなと思いました。街は丘に作られたような形状でアップダウンがすごくあります。

ソビエトの頃に作られた地下鉄は防空壕の役目も果たすために驚くほど地下深くを走っていました。
また偶に日本ではもう絶対に走っていないであろう形のトラックを見かけました。

国立チェルノブイリ博物館

ここで訪れた国立チェルノブイリ博物館は色々と考えさせられる展示物の数々で非常に勉強になりました。日本のオーディオガイドもありわかりやすかったです。

どうしてチェルノブイリの事故が起こったのか、事件発生から多くの人が放射能の影響で亡くなったこと、災害後のソ連の隠蔽、世界の救済、原爆や福島原発の事故、日本との関係なども展示してありじっくりオーディオガイドを聴きながら見て回ると3時間ぐらいかかりました。
キエフに訪れたならぜひ見るべき場所です。

チェルノブイリ立入制限区域へツアーへ

キシナウに来てチェルノブイリがウクライナだということを初めてちゃんと知ったのでキエフから出ているツアーに参加して立入制限区域を見てきました。爆発のあった4号炉は非常に高い放射能汚染物質になってしまったため、石棺とう呼ばれるドーム状の屋根が取り付けられたのですがそのすぐ近くまで行けたり、放棄されて30年経った街の中に入ったりととても刺激的な体験ができました。
価格は2週間前から予約しておけば10,000円程で前日だと1、5倍になるようです。

ペチェルーシク大修道院

キエフを訪れたのならぜひ行ってほしいもう一つのスポットがここです。

広い敷地の中にいくつもの修道院が立ち並んでおりキエフの建物の なかではここが1番綺麗でした。
また地下に修道者の遺体が安置されておりロウソクの光を頼りに細い通路を周るることができるのですがその中空気が荘厳ですごく良かったです。修道者の遺体はミイラのようになっており豪華な装飾や衣装で包まれていてガラスの棺桶に入っていて信仰の対象になっているのですが信者の方々が亡くなっただれかを思いながらなのか涙を流しながら祈りを捧げている様は印象的でした。

リヴィウ

キエフからバスで西にいくこと8時間、ポーランドとの国境近くにある街です。この街では1週間の滞在でした。
この街に付いて同じまず驚いたのがウクライナでもキエフとは全然違う街並みだということでした。

キエフは共産党時代の無骨で大きな建物が多い街並みだったのですが、リヴィウはヨーロッパのような中世の街並みでした。
リビウは過去にはポーランド領だった事もあった街なのでヨーロッパの建築様式の建物が多くな残っていて華やかな感じでした。

街の見どころはコンパクトで1日もあれば見て周れるような街でしたが物価も安く、個人的にはかなり気に入った街です。
それでもこちらもトラムや路肩に停まっている車がアンティークのように古い物が現役で走っていて面白かったです。

まとめ

と、いう感じの1ヶ月半でした。

中欧では日本のバックパッカーの人と多く会ったので影響されてショートスパンの移動が続いて、ウクライナに入ってかなりのんびりしていたという感じです。

11月19日にシェンゲン協定がリセットされるのでそこからポーランド、スロバキア、ハンガリー、オーストリア、チェコ、ドイツ、オランダ、ベルギー辺りを周ってあmた一旦帰国しようかと思っています。

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